大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和42年(レ)25号 判決 1967年7月08日

控訴人 佐久間鉄次郎

右訴訟代理人弁護士 加島安太郎

同 松木昭

被控訴人 岩本庚三郎

右訴訟代理人弁護士 長谷川藤三郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、申立

一、控訴人。「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決。

二、被控訴人。主文同旨の判決。

第二、被控訴人の主張

一、東京都江戸川区新田二丁目三〇一七番田五畝二一歩(五六五、二八平方米)および同所三〇一五番田六畝一四歩(六四〇、七一平方米)(以下あわせて本件土地という。)はもと宇田川峰蔵の所有であったところ、被控訴人は昭和三四年九月二四日右宇田川との間で本件土地を次のような約定で買受ける契約をした。

(一)、売買代金は金一、〇九五、〇〇〇円とすること。

(二)、宇田川は被控訴人に対し東京都知事宛農地法第五条による所有権移転の許可申請手続をすること、

(三)、被控訴人が売買代金を支払ったときは宇田川は被控訴人に対し本件土地につき売買予約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記をすること、

二、被控訴人は昭和三四年一〇月八日までに宇田川に右売買代金全額を支払い、昭和三五年八月二六日当庁昭和三五年(モ)第一一八四八号仮登記仮処分事件の決定により、同月二七日東京法務局江戸川出張所受付第一五九六〇号をもって本件土地につき、被控訴人を登記権利者とする所有権移転請求権保全の仮登記がなされた。

三、次いで被控訴人は宇田川との間の、当庁昭和三五年(ワ)第七二三五号所有権移転許可申請手続請求および土地引渡ならびに所有権移転登記手続請求事件において昭和三八年三月八日「宇田川は本件土地につき東京都知事に対し被控訴人への所有権移転の許可申請手続をせよ。宇田川は被控訴人に対し右知事の所有権移転につき許可があったときは本件土地につき前記仮登記にもとずく本登記手続をせよ。」との確定判決を得、右確定判決にもとずき東京都知事に対し昭和三九年一一月一六日農地法第五条による許可申請をなし、昭和四〇年二月二二日東京都知事から宇田川が本件土地を農地以外のものにするため被控訴人に所有権を移転することの許可を得た。

四、しかるに本件土地には被控訴人の前記仮登記におくれて東京法務局江戸川出張所昭和三六年二月九日受付第二四五九号をもって宇田川から控訴人に対する所有権移転登記がなされており、かつ控訴人は本件土地を占有している。

五、よって被控訴人は控訴人に対し、被控訴人が本件土地について前記仮登記にもとずく本登記手続をなすことの承諾を求め、かつ所有権にもとずき、本件土地の明渡を求める。

六、控訴人が、本件土地の取得登記を了する際東京都知事の許可を得たことは認めるが、その際の控訴人主張事実は否認する。

第三、控訴人の主張

一、本件土地がもと宇田川の所有であったこと、被控訴人主張のように本件土地につき被控訴人名義の仮登記、控訴人名義の所有権移転登記がそれぞれなされていること、その主張のような確定判決のあること、被控訴人主張のように宇田川と被控訴人を当事者とする東京都知事の許可がなされたことはいずれも認める。

二、宇田川と被控訴人との間に被控訴人主張の売買契約がなされたこと、は否認する。

三、控訴人は従来から本件土地の耕作権者であったところ、昭和三六年二月九日東京都知事の許可を得て宇田川から本件土地を買受け、その旨被控訴人主張のように所有権移転登記を了したものである。したがって本件土地につき東京都知事の許可が相牴触して存在することになるが、控訴人が、被控訴人に先んじて許可を得、所有権取得の登記を了した以上その後になされた被控訴人に対する許可はそれ自体無効というべきである。本件のように取引の対象が農地であって、その取引に行政庁の許可が必要な場合には仮登記の順位によってその所有権取得の対抗力が決まるという一般論はあてはまらない。

第四、証拠≪省略≫

理由

一、本件土地がもと宇田川の所有であったこと、被控訴人がその主張のような確定判決を得たことは当事者間に争いがなく控訴人が本件土地を占有していることは控訴人において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

二、≪証拠省略≫によれば、被控訴人は昭和三四年九月二四日本件土地を宇田川から代金一〇九万五、〇〇〇円で買受けることとし、本件土地が農地であることから宇田川は被控訴人に本件土地の所有権を移転するにつき農地法第五条の規定による許可申請手続をする旨の契約を締結したこと、同年一〇月八日右代金を完済したことが認められ、これに反する証拠はない。

三、≪証拠省略≫を総合すると、被控訴人は右契約の成立を理由として当庁昭和三五年(モ)第一一、八四八号仮登記仮処分事件において昭和三五年八月二六日仮登記仮処分命令を得、これにもとずき本件土地について同月二七日東京法務局江戸川出張所受付第一五、九六〇号をもって被控訴人のため所有権移転請求権保全の仮登記を了したこと(右登記の存在については当事者間で争いがない。)、被控訴人は前記確定判決を受け、これにもとずき、農地法第五条により東京都知事宛に、被控訴人が宇田川から本件土地の所有権の移転を受けることの許可申請手続をなし、昭和四〇年二月二二日東京都知事から右許可を得たこと(右許可があったことは当事者間に争いがない。)が認められ、これに反する証拠はない。

四、控訴人が宇田川から本件土地の所有権の移転を受けるにつき東京都知事の許可を得たこと、宇田川から控訴人に対する所有権移転登記が被控訴人主張のようになされたことは当事者間に争いがなく、右事実に≪証拠省略≫を総合すれば、控訴人は昭和三五年一二月頃本件土地を買受けたことが認められこれに反する証拠はない。

控訴人は、右控訴人の本件土地所有権取得後になされた宇田川と被控訴人間の本件土地所有権移転についての東京都知事の許可は無効であると主張する。思うに農地法第五条の規定による知事の許可は、農業政策上の見地から農地についての所有権その他の権利の設定および移転を制限し、ただ、知事が、当該権利の設定もしくは移転を農業政策の目的に反しないと認めたときに許可を与え、これをもって私法上の法律行為の効力発生要件とするものであってその許可の諾否は専ら農業政策の見地から判断され、当該私法上の法律行為の適否にまで及んで判断されるものではない。したがって控訴人主張のように被控訴人に対する許可が、控訴人に対する許可の後になされたことをもって前者を無効と解することはできない。

五、農地法第五条の許可が、右のように解される以上、農地の所有権取得の対抗力が他の一般の不動産の場合と法律上の取扱いを異にする理由はなく、控訴人が、本件土地につき宇田川から所有権移転登記を了した日は昭和三六年二月九日であるから、右控訴人の所有権取得登記は前記被控訴人のなした所有権移転請求権保全の仮登記に後れることになり、控訴人は被控訴人に対し、被控訴人が、宇田川から本件土地の所有権の移転をうけ宇田川が被控訴人に対し右仮登記にもとずく本登記義務を負うに至ったと考えられる前記東京都知事の許可がなされた昭和四〇年二月二二日以降右仮登記にもとずく本登記手続を承諾する義務がある。

六、控訴人は従来から本件土地の耕作権者であったと主張するが、右耕作権の取得事由についての主張立証もない。

七、ところで仮登記は本登記の順位を保全する効力があるにとどまり、仮登記のままでは本登記を経由したものと同一の効力があるとはいえず、したがって被控訴人は本件仮登記のままで控訴人に対し本件土地の所有権取得を対抗できないのが原則である。しかし被控訴人はすでに宇田川に対する関係では前記確定判決を得ており、また原審の相被告岩槍啓造に対する関係でも原審において被控訴人の本登記手続についての承諾請求が認められていて岩槍はこれに対し控訴を提起していないことは当裁判所に顕著な事実であって、被控訴人が右本登記手続をなし得なかったのは専ら控訴人がこれに承諾を与えなかったことによるものということができる。(なお≪証拠省略≫によれば、本件土地にはいずれも昭和四一年七月七日受付で控訴人に対する江戸川税務署の差押登記がなされていることが認められるが、右差押登記は控訴人が、被控訴人に対し本件本登記手続義務を負うに至った後になされたものである。)

このように本登記義務者である宇田川が、すでに本登記手続に応ずる意思を有していて、被控訴人が本登記を経由できない事由が利害関係ある登記の名義人たる控訴人において本登記手続を承諾する義務を負うにもかかわらずこれを承諾しないことにある場合には、被控訴人は仮登記のままで控訴人に本件土地の所有権を主張し得ると解すべきである。けだし不動産登記法の改正により仮登記権利者が本登記手続をするには利害関係ある登記名義人の承諾書が必要になったが、このため、本登記義務者が本登記手続に応じても、承諾義務者は承諾に応じないことにより仮登記権利者の本登記を不当に遅延させることができ、本登記をもって不動産の権利取得の対抗要件とする原則を貫けば、実質上はすでに本登記を経由しうる状態にあるにもかかわらず、仮登記権利者は承諾義務者に対してその不動産の権利を主張できないという不利な地位に置かれ承諾義務の不履行は仮登記権利者の本登記申請を妨害することになるから、承諾義務者は登記の欠缺を主張し得る正当な利益を有しないというべきである。(最高裁判所昭和三八年一〇月八日判決民集一七巻第九号一一八二頁は本件には適切ではない。)

よって被控訴人の本件明渡請求(なお、被控訴人は無条件明渡を求めているが、これが認められない場合は本登記を経由したことを条件とする明渡をも求める意思であることは弁論の全趣旨に照らし明らかであるから、本登記を条件とする明渡請求を認容するのは、当然であるが。)は理由がある。

八、よって被控訴人の本訴請求はすべて理由があり、これを認容した原判決は相当であるから本件控訴は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺一雄 裁判官 宇佐美初男 広田富男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例